@article{oai:u-ryukyu.repo.nii.ac.jp:02008650, author = {寺石, 悦章 and Teraishi, Yoshiaki}, issue = {36}, journal = {人間科学 = Human Science}, month = {Mar}, note = {現代では人聞は心魂と身体から、あるいは身体のみからなるとする見解が有力である。そのような中、シュタイナーとフランクルは、人聞は精神・心魂・身体の三要素からなるとし、人聞を理解するためには精神の存在を認めることが必要不可欠だと主張する。その他にも両者の思想の間には多くの、また大変興味深い類似が見出される。とはいえ両者は中心的な活動領域が異なる。相違点に目を向けるならば、類似点以上に多くを指摘できることは言うまでもない。両者の比較研究など無謀であり、学術的価値などないとする見解も予想されることから、筆者は前稿において両者の比較研究のための基盤作りを行った。本稿ではそれを踏まえ、両者の精神(Geist)および心魂(Seele)の対応関係を中心に考察する。結論からいえば、フランクルの「精神」はシュタイナーの「精神」よりも「心魂」との共通性が高い。このように理解することで、前稿でも指摘したシュタイナーの「自我(Ich)」とフランクルの「人格(Person)」をめぐる思想の不一致は解消され、両者の、思想の類似性はいっそう高まることになる。, 紀要論文}, pages = {159--199}, title = {シュタイナーとフランクル : 精神と心魂をめぐって}, year = {2017} }