@article{oai:u-ryukyu.repo.nii.ac.jp:02010160, author = {Higuchi, Wakako and 樋口, 和佳子}, issue = {3}, journal = {移民研究, Immigration Studies}, month = {Mar}, note = {1930年代初頭以降、南洋群島における総漁獲高は著しく増加し、その主体となったのは鰹漁業であった。その成長の一端を担ったのがサイパン支庁区である。サイパン近海はけっして優良な漁場ではなかったが、その北部において積極的操業活動が行われた。その理由として、日本人人口、とりわけ南方漁業の経験豊かな沖縄出身者が多かったこと、南洋庁が群島中、パラオとともにサイパンの開発に最も重点を置いたこと、鰹の加工業のためのインフラ整備が比較的容易に実施できたことがあげられる。しかし南洋群島の漁業は住民の自給政策の一環として奨励されたのではなく、国策として推進されたものであった。漁業基地はサイパンからパラオに移り、さらに南方へと拡大するが、太平洋戦争の戦局悪化により漁業は不可能となる。それはサイパン支庁区も例外ではない。南洋群島の漁獲統計から考察できるのは資源量の推移というよりも、戦前の国策を背景とした水産業の変化であった。, 紀要論文}, pages = {49--68}, title = {Pre-war Japanese Fisheries in Micronesia -Focusing on Bonito and Tuna Fishing in the Northern Mariana Islands-}, year = {2007} }